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QUILP M7457 Pistachio Repello Suede

春の一足め、軽い素材のボトムに素足で。
一日歩いてみたけどスエードはやはり気持ちいいものですね。

Obring

お世話になっている、靴ジャーナリストの大谷知子さんのホームページがオープンしました。
生き字引という言葉がありますが取材歴30年以上の彼女はまさにそれ。いつも何を聞いても、オマケ付きの答えをくれます。
ホームページも読み応えのある記事が積み重なっていく事でしょう。楽しみが増えました。
ご本人はというと、ヨーロッパで会う事の方が多いのですが、いつも革靴とコートで颯爽と歩く様が印象的で日本人離れしていて格好いい女性です。

Obring

TREKも紹介して頂いてるのですが、TOPページのTREKをモチーフにした作品も最高です、欲しい!

Robert Doisneau -Le Baiser de l’hôtel de ville-

去年の12月3日から2月26日まで京都の何必館で開催しているロベール・ドアノーの写真展に行ってきました。

写真集の表紙になっているこの1950年の「パリ市庁舎前のキス」はロベール・ドアノーの一番有名な一枚でしょう、もちろん僕もこれで彼の事を知ったのですがカッコいい一枚ですね。初めて見たときはすごい瞬間!と思ったのですが、これは演出写真だそうですね、さすが完璧です。パリの街を撮った写真家はたくさんいるのでしょうが彼もパリの街で撮り続けたのは、やはりフレンチエスプリの街パリだったからなのでしょうか?どうもこのあたりのモノクロ写真に所謂”パリ”というイメージを持っています。建物や物、人の表情や動きはもちろん髪型やジャケットの着こなし、ディテール、パンツのシルエットに丈の長さ。そして靴。どこから見てもパリなのです。というか、こういうのを見てパリの50′sってこうなんだと知った様なものなのでどっちが先なんだという話ですね。
男のパリは格好いいなぁ。

少し前のブログでも50年代の写真集の事を書きましたが、50年代の写真は面白いなぁと思います。もちろん60年以上前の時間の化石を見るといった面白さがあるのですが、その時代ごとの写真、写真家について考えると50年代も写真家にとっていい時代だったんだろうなぁと思います。戦後街もカメラ、レンズも飛躍的に進歩していくし楽しかったでしょうね。

何必館

Trouble Coffee Company

友人から頂いたサン・フランシスコ土産、Trouble Coffee Company
パンクなお姉さんから買ったと言っておりました。パンクでトラブルか、こわいコーヒー屋ですね。
脂でテラテラのイタリアンローストでした。ココまでの深煎りは初めてですが、カフェオレに美味しかったです。
ありがとう〜。

Trouble Coffee Company

*パンクな”お姉さん”ではなくパンクな”おばはん”だったというご指摘を頂きました。もっとこわいがな。

The Astronomer’s Mime

Porsche Design TYPE 301 P10

我が家の包丁は Porsche Design TYPE 301 シリーズ P01,P05,P10 などを使っています。
堺の包丁だったり、他にも日本には世界に誇る良い包丁がたくさんあるのですが、、、堂々と見た目で選びました。
やはりデザインものなので重さやバランスにクセがあるような気がしますが、そんな事はすぐに慣れます。
刃は医療用メス等に使われている301スチールという材質で作られていてよく切れます、半年くらい研いでいませんがまだ大丈夫。
写真のモデルは P10 トマトナイフ、小振りで使いやすくいい感じです。

quilp by Tricker’s

今日は帰国してから初めての日曜日。ようやく今回の出張のお供だったこの2足のお手入れをしました。
PITTI に出展するサンプルと自分の靴を合わせるとなかなかの数になり、いつもヨーロッパでは靴と共に行動しています。
自分の履く分は1足でなんとかしたろかと毎回思うのですが、洋服の多い冬でも2足は欠かせません。夏はサンダルも加わって3足に。

左のモデルは、Quilp Shoes / M 7525 Tramping Shoes /Burnished Mauve , Purple
よく履いてます。KRAKOW では雪の中を歩いたのでパープルのアッパー、ナチュラルのコバもいい感じの色になりました。

右は新作プロトタイプ。M7401 のブーツタイプのような感じ。
短めの踝丈でダブルのレザーソールだからでしょうか、歩くと7ホールブーツとは違ったイイ音がします。

お手入れはというとブラシで埃を落とし、 BEESWAX を軽く塗って日陰で少し干して終わり。
我ながら思う事は、そのくらいいつでも出来たんじゃないかということです。